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マイストーリー

Story vol.9

経験したからこそ分かるお母さんの"思い"に寄り添うこと。それが自分にとっての役割です。

*GCUの看護師として働きながら順調な妊娠生活を送っていた桒田(くわた)さん。妊娠22週5日のある日、勤務中に容態が急変し、勤務先の病院に緊急入院します。おなかの赤ちゃんに会えないかもしれない恐怖に加え、医療者としての知識があるからこそ、最悪の事態まで想像できてしまう苦しみが桒田さんを襲いました。翌日、554gで長男の樹吹(いぶき)くんを出産。退院後は、NICUに入院する樹吹くんに面会するため、病院とご自宅を往復する日々がスタートします。樹吹くんを出産したことで、NICUに赤ちゃんが入院しているお母さんの気持ちが痛いほどわかったという桒田さん。ご自身の体験をメデラママに投稿してくださったことで、今回のインタビューが実現しました。ぜひ多くの方々にお読みいただきたいと思います。
<プロフィール>

桒田(くわた)世理加さん
2013年11月22日に子宮頚管無力症による早産のため、樹吹(いぶき)くんを22週6日で出産。樹吹くんの入院中は、シンフォニーとハーモニーを使用。新卒でNICUの看護師に。出産前はGCUに勤務していた。現在は育休中。


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ー緊急入院されるまでは、順調な妊娠期だったのでしょうか。

はい。直近の18週の検診では子宮頸管の長さも4cmあり、安心していました。おなかがちょこちょこ張るような感じがあって、おりものが黄色っぽいなという自覚はあったんですけれど、それ以外は体調も良好で、普通に勤務していました。緊急入院となったその日は、出勤後トイレに行くと、おりものに血が混じっていたんですね。おしるしみたいな。でも、胎盤の位置もちょっと下だったから、そこからの出血なのかなと、軽く考えていたんです。
 一応外来に電話したら、「いいよー、すぐおいでー」と言っていただいたので、念のため受診したんですね。そうしたら、「もう赤ちゃんの袋が見えてるよ」って言われて。子宮口も、1cm開いていたんです。ナース服のまま、緊急入院でした。

ー突然のことで、さぞかし驚かれたと思います。

 そうですね。子宮口が1cm開いていて、胎嚢も見えていると言われた瞬間に、自分の状況がいかに悪いかということがわかり、泣き崩れてしまいました。どうやら、若干陣痛が始まっていたようで、薬で止めました。でも、その時点ではまだどうにかなるだろうという淡い期待はあったのですが、赤ちゃんの成長を促す薬を使うという話を聞いて、これは相当まずいなと感じました。
 産科の先生からは、「1cm開いているけれど、子宮の入り口をしばる手術はできるかもしれない」と説明があり、翌日オペの予定となりました。夜になってからおなかの張りがひどくなり、張り止めを入れてもらっていたのですが、翌朝、子宮口に糸をかけられる場所がないと言われてしまって...。子宮口が開きすぎて、だいぶ赤ちゃんがおりてきてしまっていたんですね。子宮口をしばる手術はできなくなってしまいましたが、先生が「うちにきた患者さんは、みんな平均10日は持っているから」と言ったんですね。10日なら、24週。どうにかそこまでは持たせようと思っていました。

ーその後、ふたたび容態に変化があったんですね。

 しばらく落ち着いていたのですが、夕方食事をしていると、急におなかが痛くなったんです。モニターを見たら、既に5分間隔で張り始めていました。じき出産になることを悟りました。救命率を上げるために、23週くらいだと帝王切開にすることが多いのですが、22週6日は微妙な時期でした。先生は経膣で生んだほうがいいと言いました。帝王切開の場合、満期の場合は横に切るのですが、22週の子宮はまだ小さいので、すぐに出すためにも、縦に切らなくてはいけないんです。でも、縦に切ると次のお産に差し支えるということだったんですね。切る範囲が広いため、そこに胎盤が癒着する可能性があり、次の妊娠に差し支えると。さらに私の胎盤の位置が悪く、おなかを切ったときに胎盤まで切ってしまう可能性もあると言われました。ところが経膣分娩にもリスクはありました。逆子だったので、もし分娩中に破水してへその緒が先に出てきてしまった場合、赤ちゃんの命に危険があると言われていました。いきんだら破水してしまうので、絶対にいきんではいけないのですが、破水せずに産める自信がありませんでした。赤ちゃんを助けるためなら、私は二の次でいい。だから帝王切開を希望したのですが、夫は母体を優先して欲しいと。夫のその一言で、経膣でいこうということになりました。

ーそして、樹吹くんの出産に向けて、準備が始まったわけですね。

 出産にはすごく恵まれていました。同期のナースと先輩ナースが立ち会ってくれることになり、
心強かったです。産科の先生もふたりついてくださり、万全の状況を整えてくださったので、リラックスしてお産ができました。
 産んでいる瞬間はあまり覚えていないのですが、破水しないように、ひたすら夫と「フーフーフー」と息を逃していました。そしてお産が始まって3時間後、無事に破水することなく、膜のまま生まれてきてくれました。先生の「心拍がしっかりあるよー」の言葉にホッとしました。22,3週で生まれると、蘇生など処置のあと、すぐにNICUに入室するので、わが子を抱くのもしばらく経ってからになることが多いのですが、「先生、カンガルーしたい」って言ったら、「いいよー」と言ってくれて。しばらく樹吹にカンガルーケアをすることができました。抱っこしたとき、"この子なら大丈夫かな"と思いました。思ったよりもしっかりしていました。実際にNICUに入ったときも、「本当に22週?」と聞かれたくらいでした。

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ー樹吹くんが無事に生まれて、本当によかったです。

 はい。実は出産前に、万が一分娩中に赤ちゃんに何かあったら「看取りでお願いします」と話していたんです。"看取り"というのは、そのまま蘇生をせずに看取るということなのですが。蘇生してNICUに入ったとしても、その後どのような過程で亡くなっていくのか、察しがつくので、快復見込みのない延命治療は望んでいないということを伝えていました。
 樹吹が出てきたとき、先生は「ちょっと泣いていたよー」と言っていました。夫も泣き声を「聞いたかも」と言っていましたが、多分聞こえていなかったと思います。あの人、ガンガンに泣いていたので(笑)。

ー樹吹くんがNICUに入り、その後の対面のタイミングはいつ頃でしたか。

 私の処置が2時間くらいで終わり、その後すぐに手しぼりでおっぱいをしぼって持って行ったときですね。そこで今後注意することやどういった危険があるかなど、先生からの説明がありました。主に主人への説明ですね。その後、私は残っていた仕事を片付けました。急な入院で、受け持ちの患者さんもいたので、引き継ぎが必要でした。

ー初乳はすぐに出ましたか。

 5ccくらい、すぐに出ました。もうあげていいと言われたので、綿棒にしめらせて、私があげました。勤務中は入院中の患者さんに直接授乳の指導もしていたので、私自身へのおっぱいの指導はあまりしてもらえませんでした(笑)。私の入院中は3時間おきに面会に行っていたのですが、毎回ほぼ、*口腔内母乳塗布をやらせてもらっていました。シンフォニーは産後3,4日から使い始めました。
 私の退院は通常のお産より1日長く、産後6日目でした。最初の1週間が山だということもわかっていたので、とにかく樹吹の傍から離れたくなかったですね。さらに今まで胎動を感じていたおなかが空っぽになったことが何だかとてもさみしく感じられて、退院の日に号泣してしまいました。

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ー退院後の搾乳用にシンフォニーをレンタルしたそうですね。

 樹吹の入院が4ヵ月以上になることはわかっていたので、シンフォニーを借りるか*スイングにするか、というところで悩み比べたのですが、シンフォニーはダブルポンプで両方の胸を同時搾乳できるので楽だと感じ、シンフォニーに決めました。実際に搾乳時間が短時間ですんだことで搾乳が苦にならず、樹吹が退院するまで毎日搾乳を継続することができました。お陰でもうすぐ2歳になる現在も母乳育児を続けられていて、おっぱい大好きっ子に育ちました。

ー搾乳中、大変だったことはありますか。

 最初の頃はみっちり3時間おきに搾乳していたのですが、夜がつらかったです。産後1ヵ月くらいのときに、もう限界!と思いました。そのときNICUの搾乳室で読んだ冊子に「夜間1回くらい空けても問題ない」と書いてあって、夜間1回、搾乳をやめました。3時間が6時間になるだけで、こんなに楽になるんだと感じましたね。
 早産児にとって母乳はとても大切なものですし、早産児のお母さんにとって母乳を届けることは親としての役割を果たす大きな要素だと思っています。ですから看護師として、患者さんに「がんばって搾乳しましょうね」と言ってきたわけですが、それがいかに難しいか、身をもって体験しました。少しずつ搾乳の回数が減っていき、フェードアウトしてしまう方が少なくありません。やはり早く生まれれば生まれるほど、入院が長期になればなるほど、母乳を続けていくのが難しいですね。28週未満で生まれる超早産児だと、直接おっぱいを吸えるようになるのは3ヵ月後くらいですから。その期間を搾乳だけで乗り切るというのは、並大抵のことではないと思います。
 

ーシンフォニーのほかに、ハーモニーも使っていたそうですね。

 入院が長くなってきた頃、時間通りに搾乳しなければならないことがネックとなり、外出できずにストレスが溜まっていました。そこでNICU卒業生のママに紹介してもらったのがハーモニーでした。ハーモニーを使ってからは時間を気にすることなく外出することができて、気分が軽くなりましたね。
 ハーモニーは外出先のトイレで使っていました。授乳室でしぼるのが申し訳ない気がしたんです。授乳室って、個室になっているところが多いじゃないですか。それを、赤ちゃんがいない私が使ってはいけないような気がして。だから誰も来なさそうなトイレを選んでしぼっていました。一度オープンスペースの授乳室でケープを使って搾乳したこともあったのですが、何しているんだろう...みたいな目で見られたこともありました。多分、搾乳器を見たら"なるほど"と思ってもらえたのでしょうけれど。

ー樹吹くんの容態が安定してきたのはいつ頃でしたか。

 やはり、1ヵ月過ぎた頃ですね。11月22日に産まれて、年明けくらいを境に、状況がすごくよくなり始めました。最初はよくアラームを鳴らす子だったんです。呼吸の乱れが原因だったのですが、アラームが鳴っていたらうちだ、という感じでした。面会に行って*サチュレーションの記録を見て、「今日こんなに落ちてたんだ」と青ざめることもありましたね。呼吸器の設定やむくみの状態から「今日調子悪いんだな」と察知したり...。でも、よくなったときもよくわかるので。年越してから一気に好転したときは、本当に嬉しかったですね。
 その後32,3週の頃に経管栄養から直接授乳になり、出産予定日(3月22日)から2日後の3月24日、退院することができました。私の感覚的には5月くらいまでに帰って来られればいいなあと思っていたので、だいぶ早まりましたね。 退院後、1週間くらいでシンフォニーを返却しました。その頃は母乳がやや過分泌になっており、樹吹が飲める量よりも出すぎていたので、ハーモニーでの搾乳をはさんでいました。樹吹と一緒に眠れるようになって、最初は不思議な感じでしたね。隣にいなかった生活のほうが断然長かったので。嬉しいのだけど、恥ずかしい...みたいな気持ちでした。

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ー母乳育児を続けていてよかったと思ったことはありますか。

 樹吹は肺が悪く酸素も使っていたので、退院後もすぐに入院するなと覚悟をしていました。ところが熱を出したのはつい最近で、本当にありがたいほど元気に育っています。その熱の原因となったウィルスも、通常は4,5日症状が続くらしいのですが、樹吹は2日くらいで治りました。ノロウィルスに罹ったときも重症化せずにすみ、やっぱりおっぱいってすごいんだなって思いました。ウィルスに感染して熱が出たときは、ちょうどおっぱいの回数を減らした時期だったんです。それで回数を戻したらすぐに治ったので、おっぱいって大事だな、と。だからいまだにおっぱいをやめられません。本人がほしがる限りはあげようと思っています。

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ー樹吹くんのご出産と入院生活を経て、どのような思いを持たれましたか。

 最初は、"どうして私が?"という気持ちでした。正直、今もそう思うことがあります。まだ消化できていません。だけど、樹吹が1歳になったときに主治医の先生から、「生まれた日をよかったって思える日が来るといいね」っていう手紙をもらったんですよ。まだ、なかなかそこまでの気持ちにはいたらないけれど、あの小ささで生まれて、ここまで順調にきてくれることは、奇跡だと思っています。出産するまでは当たり前だと感じていた、笑ったり、遊んだりしながら毎日一緒にいられることが、本当に幸せなことなんだなあと感じました。

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ーご復帰された後もNICUに戻りたいそうですね。

 出産する前もNICUのお母さんの気持ちに寄り添っていたと思っていましたが、それは自己満足だったように感じています。正直、NICUのお母さんの気持ちはNICUに入ったお母さんでないとわからない。わが子の容態に一喜一憂するところからスタートし、今後の発達の問題など、いつまでも不安を抱えなければならないですし。まず、早産の場合、出産したってことを周りに言えないんですよね。私も親しい人をのぞいたら、お知らせしたのは産後2ヵ月経った頃でした。
 自分が経験したからこそ、本当にさまざまな、NICUのお母さんたちの"思い"が痛いほどわかりました。だからこそ、想像だけでない気持ちの寄り添い方ができるのではないかなと感じています。それが自分にとっての役割なのかな、と思いますね。

ー最後に、同じように早産でご出産されたお母さんへメッセージをお願いします。

 出産直後や入院の初めの頃は、つらいことが続くと思います。でも、あるときを境にできることが増えていきます。おっぱいができたり、退院して一緒にいられるようになったり...。きっと未来は明るいはずですから、そこに向けて、ひとりでは抱え込まず、話せる人や相談できる人と一緒に、赤ちゃんとご家族とでがんばっていってほしいと思います。

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*GCU...回復治療室。NICU(新生児治療室)で治療を受け、状態が安定してきた新生児が継続してケアを受ける場所
* シンフォニー...シンフォニー電動さく乳器。病院・産院用
* ハーモニー...ハーモニー手動さく乳器。家庭用
* 口腔内母乳塗布...母乳を綿棒にしみこませて赤ちゃんのお口に含ませる方法
*スイング・マキシ...スイング・マキシ電動さく乳器。家庭用
*サチュレーション...酸素飽和度。血液中に溶け込んでいる酸素の量。呼吸器官に異常がある場合、低下する