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マイストーリー

Story vol.4

不安だったあの頃の自分に、「いま笑顔でいるよ」と教えてあげたい。

早産のため674gで晴香ちゃんを出産。236日間におよぶ晴香ちゃんの入院生活と*気管切開術を経て、現在は気管切開管理など在宅医療を続けながら育児をしています。「小さく早く生んでしまってごめんね」と、何度も自分を責めたという山本さん。命を生み育てることの喜びと苦悩、そして尊さを痛感する、貴重なお話をお聞かせいただきました。
<プロフィール>
山本実菜さん
2013年5月に晴香ちゃんを25週4日で緊急帝王切開にて出産。晴香ちゃんの入院生活のうち、産後1ヵ月頃から約5ヵ月間、*シンフォニーを使用。妊娠前は医療従事者として勤務。現在は専業主婦。

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ー妊娠期のことをお聞かせください。

 妊娠を機に年度末で退職したのですが、翌日の検診で妊娠高血圧がみられ、妊娠20週で管理入院することになったんです。その後24週で血圧のコントロールができなくなり、出産に備えて総合周産期母子医療センターのある大学病院に転院。2〜3日中にお産になるだろうと言われていたのですが、状態が安定して25週に入りました。ところがその4日後、私の体調が悪化。腎機能が低下し、肺に水が溜まって心不全になりかけていたため緊急帝王切開が必要になったのですが、入院していた病院のNICUが満床に。急遽、市外の医大に搬送されることになったんです。

ーさぞかし不安なお気持ちだったと思います。

 自宅から遠い上に名前だけは知っているけれど行ったこともない、知っているスタッフももちろんいない病院への搬送で、とても不安でした。赤ちゃんのことも、「25週後半に入ったから大丈夫だよ」と看護師さんが言ってくれましたが、1日でも長くおなかに入れておきたい気持ちでいっぱいでした。医大へ搬送される救急車の中では、前の日に少し体調の変化があったことを看護師さんに伝えていれば転院せずにすんだかもしれないという後悔の念と、あと少しでわが子に会える期待と、25週という超早産で生まれるわが子のこれからへの不安とが混ざった、何とも言えない思いでした。

ー晴香ちゃんご出産のときのことは覚えていますか。

 途中で全身麻酔に切り替えたので生まれた瞬間のことはわからないのですが、病室で家族が「思ったより大きかったよ」と言ってくれて安心したのを覚えています。

ー出産直後から晴香ちゃんはNICUへ。実菜さんも*MFICUに入院されました。晴香ちゃんに初めて対面できたのはいつでしたか。

 出産した翌日の夕方でした。本当はもっと早く会いに行きたかったのですが、私の血圧が不安定で安静が必要な状況でした。血圧が落ち着いた夕方に夫と産科病棟の看護師さんとでNICUに会いに行きました。
 私が晴香の前で不安がったり泣いたりしては夫がよけいに心配すると思って、保育器に手を入れて晴香をなでながら「かわいいね」とひたすら言っていました。でも、心の中ではこんなに早く生んでしまったことを晴香にも夫にも謝り続けていました。
 出産して3日後、娘に脳室内出血が起きたと新生児科の医師から知らされました。インターネットで「脳室内出血」と検索しては不安になっていましたね。私にはどうすることもできない、見守るしかないもどかしさもありました。検索して書いてあったことを夫に話したりもしましたが、「晴香の生命力を信じよう」という夫の一言があって、「がんばっている晴香を信じて、私は自分ができること=毎日の搾乳と面会をがんばろう」と思えるようになりました。

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ー晴香ちゃんが栄養を摂り始めたのはいつ頃でしたか。

 生後2日目くらいから、搾母乳を経管栄養で始めました。産後のMFICUで看護師さんがマッサージしてくれて滲んだ初乳を1ccのシリンジに入れて「このまま急いで持って行きますね!」とNICUに届けてくれたのが印象的でした。
 出産後、私は10日間入院していたのですが、入院中はさく乳器を使わず手搾乳でした。3時間おきに1日8回、夜中は看護師さんが起こしに来てくれて、私の不安な気持ちを聞きながら搾乳を手伝ってくださいました。

ーシンフォニーを使い始めたのはいつ頃でしたか。

 手搾乳を続けていたら、肩こりや腱鞘炎、胸のアザがひどくなってしまって。私が退院して1週間ほど経ったときにNICUの看護師さんに勧められて病棟にあるシンフォニーを使ってみて、レンタルすることにしました。使っているときは正直言って乳牛にでもなった気分でしたが、使用時の痛みもなく、肩こりや腱鞘炎も楽になりました。

ー実菜さんの退院後、搾乳を続ける上で大変だったことや印象に残っていることをお聞かせください。

 まずは晴香の入院する病院まで高速を使って1時間半近く、電車だと2時間以上かかったので、家と病院を往復する生活の中で搾乳をどのタイミングでするか悩みました。交通事情によっては搾乳のタイミングが大きくずれることもあり、決まった時間に搾乳することが難しかったです。
 また、体質なのか早産のせいなのか母乳の分泌量が全然増えなかったので、周りのお母さんたちが搾乳パックにたっぷりと母乳を入れているのを見るたびに落ち込みました。それから晴香が気管切開の手術をするまで人工呼吸器をはずせなかったために直接授乳ができずにいた時期は、ほかのお母さんが直接授乳をするのを見るだけで泣きそうな気持ちになっていました。授乳室では搾乳をしたくない気分になることが多かったのですが、病棟のシンフォニーにはスタンドがついていて、晴香のベッドサイドで搾乳させてもらえたので、気持ちを落ち着けて搾乳することができました。

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 生後2ヵ月弱になると、晴香に母乳の口腔内母乳塗布をさせてもらえるようになりました。綿棒を一生懸命吸っていたり、ときどき手を出してきて自分で綿棒を握りながら吸ったりする姿がとてもかわいらしくて。早く呼吸器がはずれて直接授乳したいと思っていました。

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ーそしてその後、生後4ヵ月のとき、晴香ちゃんは気管切開の手術をしたんですね。

 はい。気管切開によって、声を失う代わりに人工呼吸器がはずれ、体の自由と楽な呼吸を手に入れました。生後5ヵ月を前にして直接授乳の夢も叶いました。涙が出るほど嬉しかったです。微々たる量でも搾乳を続けてきて本当によかったと思いました。
 ただ、私自身の体調のため、母乳をストップしなければいけない薬を飲み始める時期が近づいていました。気管切開して直接飲めるようになったのだから少しでも長く直接授乳したいという気持ちの一方で、内服せずに自分の体調が悪くなってしまったら育児に影響するので母乳をやめなくてはいけないという思いもあり、葛藤していました。
 晴香が直接授乳を嫌がる様子があったので、母乳をやめる決心ができました。夫は何も言わずに私の決めたことを受け入れてくれました。

ー実菜さんと同じようにお子さんの気管切開を決断されたご家族に、どのような言葉をかけたいですか。

 ものすごくものすごく悩みながら、気管切開を決断されたことと思います。でもきっと、気管切開をすることでお子さんができるようになったこと、ご家族がしてあげられるようになることがすごく増えるし、その決断がまちがっていなかったんだと実感できる日が必ず来ると思います。
 気管切開したことで感じる疎外感や孤独感、おうちに帰ってからの悩みなど、これからもいろんな気持ちになることがあるかもしれませんが、病院やインターネット上に仲間がたくさんいますので、ぜひ仲間を見つけてください。同じような経験をしている人たちが支えてくれます。わたしも陰ながら応援しています。

ー生後半年のとき、晴香ちゃんはそれまで入院している医大からこども病院に転院されたんですね。

 自宅から車で30分ほどのところにこども病院があるので、退院後はそちらでのフォローを希望していました。それで在宅医療への移行に向けて、200日間お世話になった医大からこども病院に転院することになったんです。晴香はNICUの看護師さんたちの人気者だったので、みなさんさみしがってくださいました。

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NICU退院前には緊急時に備えて主治医と一緒に*カニューレ交換や心肺蘇生の練習もしました。
 こども病院に転院し生後7ヵ月になった12月のある日、主治医からいよいよ退院の話が出ました。お正月には家で過ごすことを目標にしていたので、嬉しかったです。
 クリスマスには院内外泊をしました。病棟内のファミリールームで看護師さんの手をできるだけ借りずに親子で過ごし、自宅に返ってからの生活をシミュレーションしました。そして、2013年12月27日に退院。生まれてから236日間、本当によくがんばりました。

ー現在の在宅医療はどのようにされているのですか。

 気管切開管理と夜間の在宅酸素療法をしています。在宅酸素は、退院した時は24時間でしたが、1歳の誕生日を迎える少し前に夜間のみになりました。NICUを退院した時にはミルクを十分に飲めなかったので経鼻経管栄養を家でも併用していましたが、2014年11月に卒業し、現在は離乳食やミルク、水分をすべて口から摂っています。カニューレ交換は夫もやり慣れているので、私が外出するときは安心して出かけることができます。訪問看護を利用し、週に1回健康状態のチェックをしてもらったり、家でのケアや育児で困ったことを相談したりしています。

ー晴香ちゃん退院後の生活に慣れるまでは、たくさんのご苦労があったことと思います。

 退院後1ヵ月は夫も私も慢性的に寝不足で、気が休まらない日々でした。疲れがたまって相次いで風邪を引いた上に、晴香はRSウィルス感染症になってしまって再入院してしまいました。その後も風邪を引けば咳が増えて肺の奥でゼロゼロしてしまい、頻回に吸引する日々。経管栄養をしていた頃はチューブを抜いてしまったり嘔吐が多かったりして目が離せずにいましたし、本当に毎日が必死でした。気管切開についても、ひとつ悩みが解決しても晴香の成長とともに次々と問題が起きていて、そういう点では慣れることなんてあるのかな?と思っています。娘が退院して1年以上経ち、この生活が当たり前になってきているという点では慣れてきたのかもしれませんね。

ー今年の5月5日には、2歳の誕生日を迎える晴香ちゃん。昨年の1歳のバースデーは、ご自宅におじいちゃんやおばあちゃん、ご親戚を招いて盛大にお祝いをされたそうですね。

 はい。1年前に674gで生まれ、その頃は1歳になってカメラの前で満面の笑みを見せる晴香なんて想像できませんでした。テディベアは晴香が生まれたときの身長と体重で作ってもらいました。「1年間でこんなに成長したなんて...」と、本当に感慨深かったです。

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ー晴香ちゃんご出産から今日まで。どのようなことが心の支えでしたか。また、晴香ちゃんを育てる日々の中で、幸せや喜びを感じる瞬間をお聞かせください。

 私の管理入院から娘の退院までを支えてくれていた家族や、事情を伝えてあってメールで愚痴を聞いてくれていた友人など周りの人たちの存在はもちろんなのですが、晴香と同じように超低出生体重児として生まれたお子さんが元気に成長している姿を見ることが日々の心の支えになっていました。『がんばれ!!小さき生命(いのち)たちよ』(http://blogs.yahoo.co.jp/nicu_sp25)というNICUの先生が書かれているブログがあるのですが、そのブログを毎日読んでは、晴香が元気に退院する姿や退院後の私たちが笑っている姿をイメージしながら晴香の入院生活を過ごしていました。
 最近は晴香のイヤイヤ期が始まって私もイライラすることが多いのですが、そのなかで垣間みられる成長を感じるときや元気に遊んでいるときの満面の笑顔が何よりも嬉しいです。穏やかな寝顔にも毎晩幸せを感じています。

ー超低出生体重児をご出産されたお母さまにはご自分を責められる方が多いと聞きます。そういったお母さまに、実菜さんからメッセージをお願いできますか。

 私も散々自分自身を責めましたし、今でもときどき早く小さく生んでしまった申し訳なさに苛まれるので、メッセージなど偉そうなことを言える立場ではないのですが...。
 晴香は間もなく2歳の誕生日を迎えますが、今の姿を見ていると、生まれたばかりで不安いっぱいだった頃の自分に「大丈夫だよ! いろいろあるけど笑顔でいるよ!」と教えてあげたいなと思います。
 また、同じように超低出生体重児として生まれた気管切開児仲間のママがこんな言葉をかけてくれて、私はすごくホッとしました。
「世に生み出して申し訳ない命なんてないんだから、胸を張ろう!」
この言葉をメッセージとしてお伝えしたいと思います。

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* 気管切開術...肺に空気を送ったり、分泌物を吸引するために気管を切開する手術。
* シンフォニー...シンフォニー電動さく乳器。病院・産院用。
* MFICU...母体胎児集中治療室。前置胎盤や重い妊娠高血圧症候群などハイリスク分娩・産褥の方に対応するための設備。
* 口腔内母乳塗布...母乳を綿棒にしみこませて赤ちゃんのお口に含ませる方法。
* カニューレ...気管切開手術後に切開部から気管内に挿入し、気道の確保と出血や分泌物の吸引などに用いる管