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マイストーリー

Story vol.5

悩んだ時期もあったけれど、一緒に成長できていることに日々幸せを感じています。

出勤途中に破水し、切迫早産で緊急入院となったグレシエさん。その後、入院5日目に568gで長男の玲恩(れおん)くんを出産します。145日間におよんだ玲恩くんの入院生活。精神的に不安定になとき、心の支えになってくれたのはご主人をはじめご家族の存在だったそうです。玲恩くんの入院中に職場復帰し、会社で搾乳した母乳を病院に届けていました。最初は機械に頼ることに抵抗もあったそうですが、早産児やNICUに入院している赤ちゃんを持つお母さんのための刺激専用のモード(*Preemie+プログラム)のあるメデラの搾乳器は低出生体重児のお母さんに寄り添っている商品であると感じられたそうです。
<プロフィール>
グレシエなな子さん
2011年1月10日に玲恩(れおん)くんを22週5日で出産。なな子さんの入院中に*シンフォニーを使用。退院後もご自宅ではシンフォニーをレンタルし、職場では*スイングを使いながら産後約半年間搾乳を続ける。ご主人はフランス人。会社員。

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ー出勤途中に破水されたということですが、そのときの状況をお聞かせください。

妊娠22週0日の、ちょうど新年の仕事初めの日でした。それまでは少しおなかが張るくらいで特に問題なく経過していたのですが、その日の朝、「尿漏れかな?」と思うような感覚があったんですね。妊娠中というのは尿漏れはめずらしいことではないので、そのまま気にせずに出勤しました。ところが山手線に乗っている最中にどんどん水が出てきたんです。これはちょっとまずいかなと思いつつも、まさか自分が切迫早産になるなんて考えてもいなかったので、やりすごしました。何か異変があったと信じたくない気持ちもあり、そのまま会社へ行ってしまったんですね。でもやっぱりどうもおかしいと思い、病院に連絡して、出勤してすぐに病院へ向かいました。病院へは徒歩で行ったのですが、着いた途端に「何で救急車を呼ばなかったんですか?」と言われてしまって。そのことは今でも後悔しています。特に痛みもなく、破水しているなんて思わなくて。初めてだったので、本当にわかりませんでした。そして、そのまま*MFICUに入院しました。MFICUでは絶対安静。トイレに起きることも禁止の、寝たきりの状態でした。そこから正産期になるまで入院しなくてはいけないと思っていたので、どうなるんだろうと不安でいっぱいでした。

ーところが、MFICU入院5日目で陣痛が始まったんですね。

入院してからずっとおなかの張りはありましたが、出産することになる日(1月10日)は朝から3〜5分間隔の規則的な張りに加えて痛みを感じるようになっていました。このため、病院の方でも子宮収縮抑制剤を増量するなどして様子をみていました。その後、時間が経つにつれて痛みが増してきたため、午後7時過ぎに「出産が避けられない状況になったため今から分娩室に行きます」と告げられました。そしてあっという間に分娩室に運ばれ、午後7時29分に出産となりました。おなかの赤ちゃんのために何とか耐えてはいたものの、子宮収縮抑制剤の点滴は副作用が強くつらかったんですね。その「苦しい」という思いが赤ちゃんに伝わって、私を助けるために早く出てこようとしてくれているのかも...と、分娩中は思いました。そして出産後は、なぜもっと頑張れなかったのかと悔やみました。

ー出産直後の状況や玲恩くんとのご対面のときのことをお聞かせください。

私の処置と休憩の後、出産から3時間ほど経ってから主人と一緒にNICUにいる玲恩に会いに行きました。22週の赤ちゃんはどんな姿なのか...会うまでは不安でしたが、やはり一目見て、まず愛おしく思いました。ですが次の瞬間には「こんなに早く産んでしまって申し訳ない」という気持ちでいっぱいになり、情けなくもその場で泣き出してしまいました。玲恩に触れることができたのは1週間後です。玲恩の手の大きさは私の親指の爪くらいしかなく、こわれてしまいそうで恐る恐る触れたのを覚えています。

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ー玲恩くんの容態や今後の治療方針の説明はいつ頃ありましたか。

出産後の玲恩との初対面後、主人と一緒に小児科の担当医の説明を聞きました。脳出血が見られるので要観察とのこと、呼吸のことや貧血に動脈管開存症、未熟児網膜症など...乗り越えなければならない問題が多すぎて気が遠くなりました。医師の話に動揺していたのと、まるで夢の中にいるようで、主人とは今後のことを話し合う余裕はありませんでした。玲恩は外の世界で生き延びることのできるギリギリの週数でしたので、生きているだけで感謝という気持ちでした。また、医師からは「生まれて最初の3日間を生き延びればとりあえず安心」と言われ、その間は祈るような気持ちで過ごしました。

ー玲恩くんの栄養はどのようにされていましたか。

生まれた翌日より、初めは水から、次に母乳の経管注入を開始しました。最初の頃は母乳を綿棒につけて赤ちゃんの唇に塗るということもしました。また、生後しばらくは赤ちゃんが小さすぎて直接授乳ができないので、搾乳することになりました。私は通常の出産と同じく5日間の入院で退院となったのですが、退院前日になってやっと本格的に母乳が出るようになってました。それからはシンフォニーのお世話になりました。機械は「痛い」というイメージでしたが、実際に使ってみるとむしろ気持ちよく、快適に搾乳できました。長期間使うものなので、これは重要なことだと思います。強さを調節できるのもよかったです。経口摂取になったのは、生後3ヵ月の4月12日からです。

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ーなな子さん退院後は、どのように母乳育児を続けていましたか。

引き続き自宅ではシンフォニーをレンタルして使用しました。産休中は2時間おきに搾乳して、面会時に保冷バッグに入れて病院へ持参しました。3月に一度職場復帰をしたのですが、職場での搾乳用にスイングを購入しました。このとき他の携帯型電動搾乳器も試しましたが、まったく搾乳できなかったんです。メデラさんのホームページでスイングを知り、他の製品に比べて正直お値段は高かったのですが、購入して正解でした。 職場復帰後は上司に事情を話し、会議室を利用して搾乳できることになりました。1回15分間ほど搾乳し、会社の冷凍庫で保存。帰りに保冷バッグに詰めて病院へ届けていました。働きながら搾乳する方の多くがトイレで行うと聞いていたので、会社の理解が得られたことは恵まれていたと思います。

ー働きながら搾乳し、病院に届けるというのは大変なご苦労だったと思います。人工栄養にせず、混合を続けられた理由をお聞かせください。

忙しいときは仕事を優先せざるをえず、しばしば離席することの遠慮もあって、2時間ごとの搾乳ペースを守るのは難しかったです。また、常に赤ちゃんのことを考えることのできる産休・育休期間とは違い、会社にいるとどうしても「仕事モード」に気持ちが切り替わってしまい、そういった心理面での影響なのか母乳量が減ってしまったことは残念でした。母乳が赤ちゃんの免疫力を高めたり、赤ちゃんの成長に合わせて母乳の成分が変わったりするという話を知り、低出生体重児にこそ母乳が必要なものだと感じていました。正産期までおなかに入れておけなかった代わりに、せめてできるだけ長い期間母乳で育てたいという思いがありました。

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ー最初の頃は電動搾乳器の使用に後ろめたさを感じていたそうですが、なぜそう感じていましたか。

産科に入院中、年配の看護師さんが「手しぼりが一番よい」とおっしゃっていたのに、私はマッサージなどを試してみても出が悪かったんです。このため、機械を使うのことに対して何だか逃げているようで後ろめたく感じていました。でも実際にNICUで搾乳を始めると、NICUの看護師さんは手しぼりだろうと機械だろうと関係なく、母乳が出るようになったことを一緒に喜んでくれました。また、NICUではたくさんのお母さんが普通に搾乳器を使っていたので、自然に慣れることができました。結局一番大切なのは赤ちゃんが飲むのに十分な量が確保できることですから、手しぼりにこだわって母乳が出にくくなってしまうのなら本末転倒だと今は思います。

ー玲恩くんの退院が決まったのはいつ頃でしたか。

5月半ばくらいに、「6月中に退院できるかもしれない」というお話をいただきました。その後玲恩の体重が2kgを超え、各種検査の結果も良好で医師より退院の許可が出たため、退院に向けた沐浴や服薬指導を進めました。正式に退院日が決まったのはなんと退院の3日前! とても嬉しかったのですが、急なことだったので自宅に玲恩を迎えるための準備や会社の育休取得手続きなど、大騒ぎでした!

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ー玲恩くんのご出産、145日間の入院生活で心の支えになったことはどんなことでしたか。

精神的に不安定になったとき、いつも傍で支えてくれた主人の存在です。2011年3月11日の東日本大震災のときには会社から帰宅困難となった私に代わり、まだNICUにいた玲恩の無事を確認してくれました。また、玲恩が入院中に受けた2回の手術(脳と鼠径ヘルニア)が決まったときは、弱音を吐く私に対し「お母さんが強くならなきゃどうするの!」と叱咤激励してくれた実母の言葉も印象に残っています。手術の前後以外は玲恩の体重増加も順調で、看護師さんに毎日の体重を聞くのが楽しみでした。また、退院後の玲恩との生活を想像することも励みになりました。

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ー玲恩くんのご出産を通して、どんな情報があったらよいと思いましたか。

初期の妊婦教室などでは楽しい話ばかりではなく、プレッシャーを与えない範囲で出産に伴うリスク、早期破水や切迫早産、NICUのことなども少し話していただけると心の準備もできるのかなと思います。私自身、初めてのことで尿漏れと破水の区別もつかなかったので。また、搾乳器や低出生体重児用ベビー服の情報もあるとよいですね。

ー玲恩くんが生まれて丸4年が経ちました。これまでの子育ての日々を振り返り、どんなお気持ちでしょうか。

身体的には成長曲線の標準くらいで順調ですが、水頭症の後遺症で精神面での発達に遅れがあるため、現在は一般の保育園に加えて*療育にも通っています。障がいが残ったことで、他のお子さんと比較してかなり悩んだ時期がありましたが、そのときに児童心理士の先生に言われた「玲恩くん自身は人と比べて不幸だとは思っていないはず。でもお母さんが障がいのことで泣いていたら、自分のせいだと悩むかもしれない」という言葉で目が覚めました。誕生から今まで、玲恩の存在を通じてたくさんのことを教えられ、私たち両親もまだまだ未熟ではありますが、一緒に成長できていることに感謝の気持ちでいっぱいです。

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ー玲恩くんとの生活の中で、どんなときに幸せを感じますか。

例えば晴れた日に海岸を散歩しているときなど、日常の中でふとNICUや小児科病棟に入院していた頃を思い出します。同時に、今は玲恩が普通に外で思いきり遊んだり走ったりできているということを思うと、感謝と幸せを感じます。急に「ママ~」と抱きついてくるときなども、直球の愛情を感じて幸せな気分になります。「男の子の母でよかった!」と思う瞬間です。仕事から帰って玲恩の顔を見るとどんな疲れも癒されますし、また明日も頑張ろうというエネルギーをもらっています。玲恩の成長は大きな希望です。首すわりも歩くのも話すのも、すべて標準よりかなり遅かったのですが、着実にひとつひとつできるようになっていきました。それを励みに、目下最難関のトイレトレーニング中です。今後も困難に直面したときは、「何とかなる!」という気持ちで焦らずゆっくり見守っていきたいと思っています。

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*Preemie⁺プログラム...NICUのある多くの病院で採用されており、母乳の分泌開始を促すためにご使用いただくおっぱいの刺激を目的としたプログラム。
*シンフォニー...シンフォニー電動さく乳器。病院・産院用。
*スイング...スイング電動さく乳器。家庭用。
*MFICU...母体胎児集中治療室。切迫早産、前置胎盤、妊娠高血圧症群などハイリスク分娩・産褥の方に対応するための設備。
*療育...発達障がいなどのお子さんが、社会的に自立することを目的として行われる医療と保育。
療育センターでは、言語理解能力やコミュニケーション力を伸ばす学習や行動トレーニングなどを行う。